私は昔から江戸の街並みに憧れが強く、江戸の風情や人々の姿が写実的に、時にユーモラスに描かれている歌川広重の浮世絵が大好きです。
私がこの本を手にしたのは15年ほど前のこと。当時、最初の出版は今私が持っている本の倍の大きさくらいある大型版で、この本を出版したタッシェンの30周年を記念するものでした。金額もかなり大型で、とても当時の私には手が出ない代物。
しかし、それからしばらくすると、価格も大きさも半分のこの本が出版されました。
それでも当時は相当悩み、やっとの思いで購入したのを覚えています。
そして今でもこの本は私の宝物の一つ。今回はそんな「名所江戸百景」のお話です。
私も最近知りましたが、歌川広重が「名所江戸百景」を出版した時、既にこの景色は江戸にはなかったそうです。
なぜなら、広重が名所江戸百景の制作に取り掛かるわずか数ヶ月前、江戸は安政の大地震、そして大火に見舞われ、多くの建物が倒壊、焼失してしまったからだそうです。
そしてそれから十数年後、他の絵師によって描かれた復興を遂げた江戸(東京)の街並みは、西洋風の建物が立ち並び、「名所江戸百景」の頃とはまるで様子の違う近代的なものになっていました。
私は広重の「名所江戸百景」は、単なる観光本のようなもので、江戸に憧れる人たちがこの絵を手にして、江戸の名所巡りをしたのだろう、と思っていました。
しかし実際には、既に無くなってしまった江戸の街並みに想いを馳せ、再建と復興を祈念し、広重はこの「名所江戸百景」を描いたのでした。
残念ながら広重が生きているうちに「名所江戸百景」の完成は間に合わなかったそうですが、もしかしたら復興した街並みも見ることはできなかったのかもしれませんね。
私はこの本を見るとき、いつもこの時代の人々や風景に想いを馳せ、そして現代の風景と重ねながら、「この時代はいいなぁ」とうっとりする気持ちで眺めています。
でもこの時代にこの絵を手にした人々も、もしかしたら既に変わってしまった江戸の街並みに以前の風景を重ね、私と同じような気持ちでいたのかも知れません。