京町家、庭の写真

RIMG0148.JPG
↑この写真、どうですか?
障子の向こうは、1つ1つ、まるでどれも違う風景をはめ込んだようですよね?
でもこれ、この庭(下の写真)を障子越しに見ただけのもの↓。
RIMG0149.JPG
どちらが先かはわかりませんが、内と外との関係がとても深く関わりあっています。
戸を閉めてると、庭のもう一つの見え方が展開されるんです。
日本のこの独自の感覚、素敵ですね。
丁寧な仕事です。
それに昔の日本人って、日常的に使うものや物の収まり、生活にかかわる事柄1つ取ってみても、生き方自体がとても丁寧な気がします。
今の感覚からすれば、いちいち面倒臭い事が多いと思いますが、この「いちいち」が今は足りないのでしょうか。
これは本当に僕の座右の銘でもありますが、修行先の親方によく言われた言葉があります。
「お前が面倒だと思うことは、すべてお前に必要なことだと思え!」 と
いまでもこの言葉は忘れません。
いちいち面倒臭く生きてやろう、素直にそう思います。
「面倒」とは、すなわち、何にでも「ひと手間掛ける」ことではないか、と理解しています。
・・ひと手間、「一手間」とも取れますが、「人手間」ともとることができますね。
一手間、そして人の手を掛けること、その手間を惜しまないこと、
良い仕事や生き方する上で、とても大事なことだと思っています。
話しはそれましたが、この写真には魅せられました・・
この写真は、僕が持っている 「京都町家の坪庭」 という本からの抜粋です。
この写真集は何十年も京都の町家を取り続けてる写真家 「水野克比古」氏の作品。
この人の本、他に3冊持ってますが、本当にどれも良い写真ですよ。