ナショナル・ジオグラフィック 続き

こんばんは。
そういえば、前回ご紹介したナショナル・ジオグラフィックで気になった記事をもう一つ書きたいと思います。
それは1896年6月、三陸地方で大津波が起こった、という記事。
その津波は高さ24メートルはあって、水が引いた後の海岸線は何も残らないほどの大きな被害をもたらしたようです。
その当時は気圧計には以上がなく、気温は27~32度とかなり蒸し暑く、朝から13回に及んだ小規模な地震も特に住民を驚かすほどのものではなかったそうです。
それなのに突然海の水が600メートルも沖に向かって後退し、その後高さ24メートルもあろうかという真っ黒な壁のような波が押し寄せてきたそうです。
写真 (6).JPG
当時の写真
亡くなった方の数は約2万7千人、この間の津波と変わらない大きな被害ですね。
しかもこの頃は警報などもなかっただろうし、元々の人口から考えると大半の人が亡くなってしまったようです。
ある村では人口6500人に対し、5000人の方が亡くなられたと書いてあります。
三陸地方は、それより過去に何度も津波に襲われていて、その度に復興し、人々はその土地に住み続けています。
そのたくましさと、生まれ育った土地を愛する郷土愛には、本当に感銘を受けます。
そしてもう一つ、この記事にあった特記すべきことがあります。
そのまま書きます。
刑務所があったが、津波が襲ってきたというので看守は監獄の鍵を全て外していったん受刑者を外に逃がし、彼らに決まった場所で待機するように命じた。
習慣されていたのは全部で195人だったが、集合場所に集まったのは二人を除く全員で、隊列を組んで整然と安全な高所に非難していた。
これは明治29年に世界に伝えられた日本の記事ですが、当時もきっと日本の国民性は驚かれたことでしょうね。